無題
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先週中頃
お散歩コース 近所の公園の桜です

今日は 朝から 雨模様・・・・
花散らしの雨となってしまうのでしょうか・・・・。





先週末 義母を見送って来ました
「青森のおばあちゃん」と今も娘が呼ぶ 義母は
7年前に 一人暮らしの青森を引き払い
娘である義姉の暮らす仙台で暮らす選択をしました

同居をはじめるきっかけは 認知症の兆候がみられたことでしたが
あの震災に見舞われ 
山沿いに住まいがあったので 津波に巻き込まれることはありませんでしたが
義母にも その経験は衝撃だったようで
そこを 境に 症状が進んだようです

震災の1年後 義母に会いに行ったとき
玄関で すぐ「のりちゃん」と私の名を呼び
娘にも「あゆみちゃんよく来たね」と声をかけてくれましたが

その一瞬だけ 神様が力を貸して下さったようで
リビングに戻ったときには もう私たちも 息子である夫のことも
その場にいるみんなが 他人に見えたり 
時々 なんとなく解ったりの様子でした

帰るときには 私の手をとって
「のりちゃん 親のためにも出来るだけ早く嫁に行きなさい
親に孫の顏を見せてやるんだよ」と 言って見送ってくれたので

「わかったよ 花嫁修業しておくね」と手を握り返したら
「うんうん」と 満足したような表情を見せてくれた 義母でした


その後は 進行する一方で
徘徊と妄想がひどくなり 介護施設300人待ちという絶望的な状態を
奇跡的にクリアして 入所出来 
時々 一時帰宅しながらの数年間だったようです

義母は90才でした

「ご苦労様でした」と 義母と
義姉一家 ひとりひとりにご挨拶したときは 涙々でしたが・・・・

火葬場の親族控室で
義姉と姪が義母の認知症故の珍行動の数々を
仙台弁で あれこれ聞かせてくれて
その場に居合わせた 全員 涙がこぼれるほど笑ってしまいました

不謹慎かと思われるかもしれませんが
壮絶だったであろう 介護の当事者が 笑い話として聞かせてくれた話は
「事実は小説より奇なり」・・・・
今まで見聞きした どんな話より 可笑しく悲しく・・・・

(理解して頂けるかどうか 不安なのですが)

こんな風に みんなに見送られて 義母は幸せな人だったなあと
しみじみ感じ 皆が同じことを口にしました。


義母のお骨は 故郷の青森へ
義父の眠るお墓に埋葬されました


おかあさん
ご苦労様でした

ありがとうございました


 
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[2016/04/04 11:04 ] | 日常 | コメント(10) | トラックバック(0) | page top
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